ユラリトフワリト

ものぐさ狂言回しの雑記帳。

粘らない納豆より「粘りすぎる納豆」が欲しい。

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photo by blurdom

最近、「粘らない納豆」という商品が人気らしい。

rocketnews24.com

なんでも、外国人に不評な納豆独特の「粘り」を軽減するため、わざわざ粘りにくい納豆菌を見つけ出すことで、ようやく作り出した渾身の商品とのこと。

www.sankei.com

粘りがなくなったとしても、納豆本来の栄養価やうま味に変わりがないのなら、新たな食材としての魅力は充分にあるだろう。僕も茨城アンテナショップに足を運んで、ぜひ一度食してみたいと思った。

sitogi.jp


ただ、同時にこんな疑問も感じる。

──粘りにくい菌を見つけ出せるなら、『粘りすぎる納豆菌』も探し出せるのではないか、と。

幼い頃、「納豆のネバネバにこそ栄養がある」という親の教えのもと、
僕は、硯を前に黙々と墨を磨る書道家のごとく、一心不乱に納豆をかき混ぜ続ける日々を過ごしていた。

習慣というのは恐ろしいもので、ろくに意味も分からない単純作業を続けているうちに、やがて「どれだけ納豆の糸を作り出すことができるか」という意識が働き出した。ひとり暮らしをはじめた後、納豆をかき混ぜるためだけの専用箸を購入してしまったくらいだ。

なっとうの友

なっとうの友

 

そんな、ある種の納豆ジャンキーにとっては、『粘らない納豆』など拍子抜けもいいところであろう(上記のニュースでも語られているが)。それならば、逆に『粘りすぎる納豆』こそが、抗い難い快楽をもたらす救世主(メシア)となってくれるのではないだろうか。

すでに、似たコンセプトの製品は存在するが、いまだこの渇きが満たされることはない。

trendy.nikkeibp.co.jp

──ほんのすこしかき混ぜるだけで、驚くほどの糸があふれ出す。

そんな納豆は(外国人には食品としてすら受け入れられないだろうが)、日本人に染みついた習性を呼び覚ましてくれる、唯一無二の魅力を発揮するのではないか……。


取るに足らない妄想をつらつらと思い浮かべながら、
今日の僕は、ナイフとフォークを両の手に夕餉を食す。