ユラリトフワリト

ものぐさ狂言回しの雑記帳。

カーネルパニックと「気づかせ」の法則

http://www.flickr.com/photos/38304866@N00/153367574

photo by gspidermac

作業中、突然パソコンが強制終了した。
本日二回目である。

こういった現象を「カーネルパニック」と言うらしい。
クリスマス特需で慌てふためく白髭眼鏡のダンディなオヤジを想像したのは、僕だけではあるまい。

OS X に回復不能な問題が発生し、開いているすべてのアプリケーションにその影響が及ぶことが稀にあります。このような場合は Mac を再起動する必要があります。往々にして、これはオペレーティングシステムの一部 (「カーネル」) が「再起動が必要な問題がある」と判断したためで、それゆえ「カーネルパニック」と呼ばれます。

OS X:コンピュータが勝手に再起動したり「問題が起きたためコンピュータを再起動しました」というメッセージが表示される - Apple サポート

回復不能な問題とか、なにそれこわい。

なにか原因があるのかと気になりちょっと調べてみたら、こんな記事を見つけた。

juniordreamers.hatenablog.com

仲間のありがたみを実感しつつ、上記で紹介されていたリンク先へ。

Macがカーネルパニックを起こした時に試したい8つの対処法 | gori.me(ゴリミー)

たまたま連続して発生しただけかもしれないので、とりあえずセーフブートとNVRAM/PRAMリセットだけでも試してみようと思う。

Windowsからmacに移って早十数年。
当時は、まったく強制終了をしないパソコンに感動すら覚えた。稀にカーネルパニックが発生すると、まるでレアカードを引いたときのような気分になったものだ。

そんな感動も薄れ、カーネルパニックにも慣れてしまって久しい。今日も「またか……」と溜息を吐いた。

警告メッセージが表示される直前、一切の操作を受け付けなくなる瞬間がある。
直感で「あっ、来たな」と理解するが、その時点ですでに手遅れ。保存していなかったファイルはパァだ。

Windowsのいわゆる『ブルースクリーン』も心臓に悪いが、なまじ一瞬の猶予が与えられているぶん、「もう自分にできることはない」という絶望を味わうmacのほうが、よほど悪役っぽい気もする。

作業に集中していると、ついつい「保存」の操作を忘れてしまうことが多い。
こういったときに限ってカーネル氏がパニックを起こすものだから、始末が悪い。
小一時間ばかりの成果が無に帰したことが分かり、僕はがくりと肩を落とす。

全身を虚脱感が包み込む。

そこではじめて、長時間こわばっていた身体が、ずいぶんと疲れを溜め込んでいることを実感する。

ふと、僕は考えた。

――パソコンが強制終了したのは、このことを僕に気づかせるためだったのではないか。

自分では気づかない身体の危険視号を敏感に察知した我が相棒が、「そろそろやめとけよ」と警告してくれたのではないだろうか。

人間には、身体の異変を気づかせるために、様々な危険信号を発する機能を備えている。
なにげなくスルーしてしまうこれらにしっかりと注意を払うことで、より重篤な事態に陥るのを防ぐことができるという。まあ、気にしすぎるのも身体に悪い気がするが。


一方、くしゃみをすると誰かが噂をしている。という言い伝えがある。
正直、眉唾もいいところの都市伝説だが、由来を調べてみるとなかなか興味深い。

nanapi.jp

「虫の知らせ」という言葉もある。

gogen-allguide.com

自分と周囲が目に見えない何かでつながっており、互いに情報のやり取りが行われている。
オカルトめいた考え方だが、IFTTTのようなトリガーがいくつも世に散らばっていると考えると、ちょっと面白い。

ifttt.com

僕の身体が無自覚の悲鳴をあげはじめると、我がmacカーネルパニックを起こす……。
そんなレシピが、こっそり仕込まれているのかもしれない。
カーネル卿はサディスティックな悪役などではない。
慈悲の心をもって僕の肩をぴしゃりと叩く、厳しくも優しい守り神だったのだ──。


……ここまで妄想したところで、ようやく溜飲が下がった。
コーヒーでも飲んで一服してから、徒労に終わった作業を再開するとしよう。