ユラリトフワリト

ものぐさ狂言回しの雑記帳。

読書感想文から学ぶ文章術

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photo by insEyedout


こんなエントリーを読んだ。

 
「ものを書く」ということについては、いろいろと思うところがあったので、ちょっと考えてみた。
 
 
僕は子供の頃から、読書感想文が得意だった。
 
先生は「自由に書きなさい」と口では言っていたが、その表情や言い方には明らかな「ある程度は正解があるぞ」というプレッシャーが含まれていた。
 
だからぼくは、こんな風に感想文を書いていた。
 
1. 重要っぽい文章に線を引く
2. そこから得られる教訓を考える
3. 「正解」に近い感想(コメント)を考える
4. ↑を組み合わせて感想文に仕立てる
 
たしか、同じ社員寮に住んでいたお兄さんに教えてもらったのだったか。
もちろん子供のやることなので、ここまでシステマチックにできていたわけではないけれど、おおよそはこんな感じだった気がする。
 
このやり方だと、面白いくらい簡単に文章が書けた。
 
言葉のパーツを探し、手を加え、組み立てていく作業は、ブラモデルやパズルを遊んでいるような感覚で、それなりに楽しんでやっていたように思う。
 
いわゆるこれがテンプレとかフレームワークというやつなのだろうが、こうして出来上がった感想文は驚くほど教師ウケが良く、賞状や盾も何度か貰った。
 
やがてぼくは、この方法が読書感想文だけでなく、あらゆる「創作文」へ応用できることに気づいた。
 
「読者」を決め、彼ら彼女らが求めるパーツを探し、最も効果的な形に組み立てていく。
 
成長し、社会に出てからもずっと、僕は「作文」を得意とし、苦に思ったことなど一度もなかった。
 
 
そんなある日。
 
パソコンで文章を書くことが日常化していた僕は、ふと、流行りはじめたばかりの『ブログ』というものをやってみようと思い立った。
 
当時はアフィリエイトやまとめ記事などもそれほどポピュラーでなく、ブログも日記形式のものがいまより大半であったように思う。
 
僕はあまり深く考えずに有名なブログサービスにアカウントを作り、さて書くかと袖をまくった。
 
しかし、信じられないほど筆が進まない。
 
頭の中では、なにかもやもやとしたものが蠢いているのだが、それが明文化されて出てこないのだ。
 
やっとの思いで文章に書き出しても、これを他人に公開するのだと考えると途端にはずかしくなってしまい、また筆が止まる。
 
結局、少し書いては消し、書いては消しを繰り返すだけで一日が終わってしまった。
その後は、ご多分に漏れぬ三日坊主。新品同然の日記帳は、いまでもネットのどこかで眠っている。
 
 
「作文」を得意としていた僕は、この体験に少なくないショックを受けた。
 
そして、いままで書いてきた文章と挫折した日記、両者の違いに気づく。それは「自分」を書いているかどうかだった。
 
――いや、正確には昔から気づいてはいた。
 
僕の書く文章は、たとえ感想文であっても、その実は「相手が求める反応」を選んだに過ぎず、そこに本当の意味での「自分」はいなかった。
 
思えば、僕は昔から自分の意見をはっきりと述べたり、がむしゃらに我を通したりといったことが不得手だった。
 
僕が子供の頃から磨き上げてきた文章術は、僕自身から「自分」というものを完全に分離してしまっていたのだ。
 
それでも僕は、言葉の選び方や表現、組み立て方で、じゅうぶん「自分」が出せていると思っていた。その考えはいまでも変わらないけど。
 
しかし、「作文」というものは、僕が考えていたよりもずっと広い世界だった。
 
 
僕はいまも、素直に自分を出すのが苦手だ。
でも、以前より少しは柔軟さが身についてきたように思う。
 
いまになって思えば、読書感想文を書く際に、
 
0. 自分が心に残った文章に赤線を引く
 
この作業から入っていれば、だいぶ違ったのかもしれない。
 
そして最後に、これをするのだ。
 
5. 自分のことを、ほんのちょっとだけ混ぜ込む
 
登場人物と自分との共通点でもいい。「わたしならこうするけど」みたいな意見でもいい。
 
いきなり自意識全開の文を作るのはハードルが高くても、これなら少しは魅力的な文章が作れる気がする。
 
 
タイトルを回収したところで、そろそろ締め。
 
いろいろ書いたけど、「自分不在の文章」が悪いとも思わない。言葉のプラモデルはいまでも大好きだ。

そのパーツの中に、「自分」の欠片を少しばかり混ぜ込んで、上手に組み合わせていけばいいのだろう。
 
本当の意味で「作文」の自由さを楽しめるようになれればいいな、と思う。

 

追記

ふと、このエントリーを思い出した。

レビュー、書評というのは、作品の面白さ、魅力などを要約し誰かに伝えるために書く。 自分がどう感じたか、どう思ったかを書くのは感想文。

【実用】ブログで「感想文」を書く方法【定番】 - あざなえるなわのごとし

国語の時間はレビュー(書評)を書かせて、感想文は道徳の時間にやるといいんじゃないかな。